ドイツ歴史博物館(ベルリン)の特別展示「民主主義2019」展

ドイツ歴史博物館は、1706年にプロイセン軍の武器庫(Zeughaus)として建立されたものを、1987年西ドイツ政府がドイツの歴史を回顧する博物館としてリノベーションしてオープンしたものである。現在、工事中のためその重厚な外観は見られないが、常設展と特別展をつなぐ中庭(Hof)には、当時の大砲が設置されており、武器庫としての面影が十分堪能できる。


今回訪問したのは、ヴァイマル共和国政府生誕100周年の企画でもある特別展「民主主義2019年」(Demokratie 2019)のほうだが、資料性が高く、正直期待していた以上の収穫があった。まず最初に設置されているのが、ハンス・ケルゼンの著書『民主主義の本質と価値』(1920)である。ケルゼンはオーストリア出身の法学者であり、ヨーロッパ型の民主主義の構築に重要な役割を担った人物である。展覧会のパネルにはそのケルゼンの本著の末尾に記されている「イエスをさばき十字架にかけたように、人々の多数決が本質とは異なる決断を下すとき、何に基づき裁きを下すべきか」という文章が記されていた。このケルゼンの問いかけが、結局ナチスの「民主的な手段」での権力掌握という帰結に繋がっていくことが、暗示されているのだろう。


会場には多くの資料(選挙ポスターやメディア等)に溢れていたが、中でも興味深かったのが、やはり女性たちの活躍にスポットが挙げられていたことである。帝政終焉後最初の選挙となる1918年のSPDの選挙ポスターには「女性・同権!」が大きく歌われ、イラスト新聞の表紙には演説する女性候補者が描かれ、また「ヴァイマル共和国の知性」としてメディアが歌うトーマス・マンや、アルフレート・デーブリンなど6名のうち2名は女性(女性運動の指導者であるマリー・エリザベート・リューダースとトニー・ゼンダー)であった。そうした華々しい女性たちの活躍の一方で、ヴァイマル共和国の誕生後1923年には、愛国的保守的女性同盟とでも呼ぶべきルイーゼ女王連盟(Bund Koenigen Luise)も組織されその活動を広げていく。プロイセンのためにナポレオンと果敢に交渉したというルイーゼ女王をシンボルに、愛国心を持つ闘う女性像も形成されていく。


会場のコーナーのうち、個人的に最も興味深かったのが性科学に関するコーナーで、ナチスによる焚書でほぼすべての資料を焼失したマグヌス・ヒルシュフェルトによる性科学研究所の保有物のうち、残された貴重品の一つとして日本の「張型」(Harikata, 1930年頃のもの)が展示されていた。その他、ヒルシュフェルトがシンボルとなった多くの性的先進的な文化物の展示があり、非常に勉強になった。


最後のコーナーでは、ラジオ放送に焦点が当てられていた。グロピウスやシュレンマー、ナジやカンディンスキー、クレーなど、バウハウスの教授陣たちがこぞってラジオによる選挙速報の絵を残しているが、1924年5月4日の選挙結果を民衆に告げるラジオ放送の写真がのせられた、まさにオリジナルとなるグラフ紙と共にそれらの絵を確認できたことが大変興味深かった。


女性たちの活躍、性の多様性への研究が進められ、また情報伝達の手法も画期的に成長しつつあったこの時代、一見すると社会は十分に成熟し、人々は自由の味わいをしっかりとかみしめていたように見える。だが、1933年1月には、ヒンデンブルク大統領はアドルフ・ヒットラーを首相に任命した。ほどなく、マグヌス・ヒルシュフェルトの研究所の貴重書は燃やされた。600万というユダヤ人たちが犠牲となり、多くの社会的弱者が虐げられた。ヴァイマル共和国の14年間での幕切れが少なくとも用意したのは、ケルゼンの民主主義への問題提起への皮肉な答えだったともいえるだろう。

Komatsubara Yuris Labo

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